言葉

末盛さんのお人柄が偲ばれて

この間、暮らしの手帖の「暮らしのヒント集」を再読していたら中々よくて、「ヒント集2」も買ってしまった。「ヒント集2」ではあとがきで末盛千枝子さんがお話しされていて末盛さんのお人柄が偲ばれて暖かい心もちになった。

なんだか淋しい

暑中見舞いを出すのを辞めてしまった。なんだか淋しい。 2018年8月13日 ようやく残暑見舞いを書き終わって、ほっとしていたら、雷とともにざっー夕立が降ってきた。今年の夏はこれで終わりかな?だとうれしい。

Birthday card がうれしい

キノからのBirthday card がうれしい、ありがとう!

なんてことを同席したみんなに

最近はここに来る。フィナンシェなのにビールに合う。元来酒飲みではない僕なのにここに来るとシアワセになる、酔うほどに雄弁になってしまうから「一軒の店が街の価値を決める」「CHEZ RONAのある経堂はいい街だ」なんてことを同席したみんなに話してる。 h…

恵比寿に居るのに

小雨降る中、恵比寿へ、街はいろんなこと教えてくれるなぁ「花束より、一輪の花であれ!」という恵比寿駅、恵比寿に居るのにニューヨークに居るみたい。https://www.youtube.com/watch?v=v66mLGjDpV0

でも今はもうあまり聞かなくなってしまった

ここに座っているとCivic prideということを考える。最近はもう余り聞かなくなっってしまったけれど、Civic prideという言葉を聞き始めた頃ようやくそんな時代が来たのだなぁと何故だか嬉しかった。でも今はもうあまり聞かなくなってしまった。死語にしちゃ…

裏を見せ 表を見せて 散る紅葉

今日はさむいさむいと言いながら若松さんを読んでいた。なんだかなぁ、かんだかなぁ、若松さん地味だなぁと思いつつも読みおわってしばらくしたら、じんわりとそうかそうだったのかと思うのだった。 「あるときロランは、自著にモンテーニュの言葉を書き添え…

山盛りの誘惑を全てやり遂げた日の気持ちよさは

誘惑に負け続ける、これなら僕にもできそうた。ドリアンさんいいこと言うなあ。 2021年2月27日 趣味は新聞の切り抜きかなと思うほど、部屋中、紙で溢れてる。ほとんど読み返すことなどないのだけれど、いくら何でも少しは処分しないとと読み返していたら、こ…

人は本来、花のように笑えるものです

一気に読んだ、あっぱれな人生だなぁ、あの熊楠先生もたじたじなんだもの。高知の牧野植物園また行かなきゃだ、小石川植物園も行かなきゃだ、富太郎先生に会いに。とってもおしゃれな人だったんだ、いつも帽子を被り、蝶ネクタイをキリリとしめて、とっても…

キャンベルさん、いいなあ

幸せがぽたぽた「零れる」なるほど。キャンベルさん、いいなあ。昨日も書いたけれど、新聞はいいなあ。

分からないけど、分かる。違うけど、重なる

近頃はOld mediaと揶揄される新聞だけれど、新聞はいいなぁ。 「対話では、輪になってゆっくり一緒に聞きあうわけですけど、ああそうか、この人にも取り換えのきかない生があるんだ、いま目の前で生きているんだ、と肌で感じておののきます。分からないけど…

何をする訳でもないのだけれど

さぁ、そろそろクリスマス・モードに。と言って何をする訳でもないのだけれど、でも少しはうきうきしたいじゃない。 2023年12月15日 クリスマスカードを書く季節である。今ひとつそういう気分ではないのであるけれど。それでも一通書いた。 https://www.yout…

ただただ園丁と呼ばれたい

自分がやってきた仕事についてちっともしっくりする呼び名を見つけることができないできた。でも今ようやく「僕は園丁です」って言ってみたい。 2022年12月15日 さぁ、クリスマス。準備しなきゃ。木は偉い!みどりは素敵だ!風が吹けば桶屋が儲かると言うけ…

出遅れてしまったかな

久しぶりの日本近代文学館・BUDAN CAFE、残念ながら冬はテラス席はお休み。林芙美子の牛めし、宇野千代のそぼろカレー、森瑤子のヨロン丼、迷った末に宇野千代を頂くことに。日本民藝館に回って新作工芸公募展、初日にいいものの7割が出てしまうとのこと、出…

当たりのことを当たり前に

これで今回の沖縄旅行の旅程のすべてを終了致しました。どんな旅もいろんなことを教えてくれるのですが今回の沖縄は格別でした。緑のことも平和のこともあっけらかんと当たりのことを当たり前に考えようということかな。

僕は主観的に幸福だった

久しぶりに古くからの友人に葉書を出した、そうしたら電話をくれた。そういえば電話で仕事以外のことを人と話すのは久しぶりだなあと思った。 「勇気を振り絞り電話をかける。あの三木卓がいきなり、「はい」と電話口に出てきた。うわっ。そこから何を話した…

いかなる場合にも絶対にあともどりしないという精神

ダンディな人、おしゃれなじいさんになりたいなと思って読んだのだけれど、そう簡単なことではないなぁ。 私はただ、このダンディズムなりおしゃれなりが、精神の価値を表すものだと言う事をここで一言注意しておけば足りるのだ。p.247 「精神にとっては、行…

さぁ、そろそろお祈りの時間だ!

このポスターを見ると、かつて志が高かった青年であった頃を思い出す。もういちどもういちど、僕に志をください! 2012年2月17日 あしたの資料を作ろうと古い資料をひっくり返していたら、30数年前のこんなポスターが出て来た。ランドスケープアーキテクトは、一日に3回セント…

でもちょっと淋しい

ついにもう今年は暑中見舞いを出すのは辞めてしまった。もういいだろう十分年を取ったのだから。でもちょっと淋しい。 2018年8月13日 ようやく残暑見舞いを書き終わって、ほっとしていたら、雷とともにざっーと夕立が降ってきた。今年の夏はこれで終わりかな…

これからはボォボと

なんだかジィジと呼ばれるのが嫌で、なんと呼んでもらいたいかなと考えていたら、このあいだラジオでAdeus Vovoという曲が流れてきて、どうやらポルトガル語で「さよなら、じいちゃん」という曲らしくて、これだと思った。キノ、これからはボォボと呼んでお…

美と生活とが離れるならば

「私は何よりも普段使いの品が健全にならずば、この世は美しくならないと思う者です。美と生活とが離れるならば、人間の美意識は低下してしまうでしょう。この世に美を栄えさすために、また美しさへの心を深めるために、用器を美しくする事の必要を切に思う…

カタツムリほどのろいけど

Edible gardenって言葉に出会った50年前へぇ-って思った。半世紀が過ぎてようやくこの頃Edible gardenを作ってる。カタツムリほどのろいけど前に進んでいるのかな? 2021年6月30日 昨年お手伝いをしたT邸を1年ぶりに訪れた。いいなポタジェって、幸せの畑だ…

みだりに悲観もせず、楽観もせず、粘り強く生き通していく

2016年11月19日の日記から 広津和郎の「壁の風景画」を読んだ。広津和郎は初めてだし、大正から昭和の初めという時代背景も、そして短編集と言う形式も余りなじみがない。おもしろい訳ではない、退屈な訳でもない、ただただ静かなのだ、ただただしんとしてい…

さよならを教えて!

https://www.youtube.com/watch?v=VHGMPFn0VY4

まだまだみんな練習が足りない

選挙に行ってきた。暑い暑い夏の日、選挙戦もずいぶん熱かった。熱くなるのかなって心配していた。まづはよかった。今回の選挙戦で、ある人がこんなことを言っていた。これは「民主主義の練習」です。絶えず練習するものが最後には勝つのですと。同じような…

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

いよいよまた茨木さんに登場して欲しい。 2014年6月27日 会場で一生懸命書き写したのは、 汲む―Y・Yに― 茨木のり子 大人になるというのは すれっからしになることだと 思い込んでいた少女の頃 立居振舞の美しい 発音の正確な 素敵な女のひとと会いました そ…

手紙を書く女のひとになりなさい

きの(2歳8ヶ月)とおじいちゃんの往復書簡が始まりました。おじいちゃんが手紙が好きなひとだってこともう知っているのですね。きの、手紙を書く女のひとになりなさい。

あくびのようにさりげないしぐさを

長谷川さんいいなぁ。「あくびのようにさりげないしぐさを」だなんて。 「楽天主義で、あくびのようにさりげないしぐさを重んじるフランスの哲学者アランに学ぶところがある」 「危機が叫ばれる今のような時代こそ、性急になってはいけない。それが生活の哲…

弾けてて、かわいいナビ派のひとたち

かつての「かわいい」の氾濫には辟易していたけれど、ナビ派の「かわいい」はいいな。2017年5月21日 ボナールのことが好きだった。でもそれがどうしてということがよくわからなかった。でもようやくそうかそういうことだったのかと深く納得したのだった。弾…

アジュガの青が美しい季節

アジュガ・レプタンス、アジュガ・レプタンスって呪文のように唱えていた時期がある。語呂がいいし花も可愛いい。 2014年4月24日 学名ってなかなか覚えられないのだけれど、アジュガ・レプタンスだけはおぼえてる。アジュガの青が美しい季節。