幸せの畑だなって思った

なんだか不安な時代になってきた、だから何があっても1ヶ月や2ヶ月 は自力で生き延びられるようにしておかなくちゃだと思う。「安全安心」という掛け声にはどこかに胡散臭さを感じてしまうけれど、ポタジェが作る、みどりが作る「安心安全」には心を許してい…

オープン・カーみたいになった

だけど、このおじいちゃんはもういない。オープン・カーのようなデッキを作らせてくれたおじいちゃんに感謝したい。 2013年6月29日 90歳のおじいちゃんに少しでも夏を過ごしやすくしてあげたい言うのがお嫁さんの希望だった。だからおじいちゃんの部屋の前…

なにごともおおらか、風が吹き抜けていることがだいじと

ちょっとカリカリしていたのだけれど、次郎さんの飛び石を見ていたら、おおらかな気持ちになってきた、意匠って大事。ところでこの大佛次郎邸も売りに出されてしまったのではないだろうか。お金があったら買うのに。 2014年6月28日 旧大佛次郎邸、とことこと…

人間はいつだってチャーミングで、シックで、でも時には

人間はいつだってチャーミングでシックで、でも時にはよれよれでないと。 2019年6月28日 今日も暑い1日だった、でもようやくの週末だ、暑い夏の夕暮れはやっぱりライ・クーダに決まってる、マリア・エレナに決まってる。ライ・クーダーのティ・シャツのよれ…

人が集まるということの大切さを

午前中の打ち合わせも機嫌よく終わり、さぁこれからどうしよう?と思っていて思い出したのが日仏学館の小さなお祭りで、東京でも数少ないお気に入りの場所。早速ビールとサンドウィッチを買い込んで、ひとり夏至祭り。ふと、思い出したのは「幸福になるには…

家は草木より立派であってはならない

今は草木は建築より立派であってはならないのだものなぁ。 2014年6月24日このおうちの玄関は、ただアカンサスだけなのだけれど、なんだかよくて。鎌倉には「家は草木より立派であってはならない」という不文律でもあるのだろうか。

ル・コルビュジエが愛したブリーズ・ソレイユ

むかし母の書棚に「それいゆ」という雑誌が並んでいた。なんだかハイカラだった。いま愚息はブリーズ・ソレイユが好きだという。血なのかなぁ。 2017年6月14日 語感がいいからなのか、ブリーズ・ソレイユ brise‐soleil に魅かれる。直訳すると「 太陽を砕くも…

雪ノ下辺りのアカンサスの咲くお庭

この庭いいなぁ、何がいいんだろう?なんでもない、あまりにもなんでもない、きっとそこだろう。でもしっかりとアカンサスの花が咲いていたりする。 2014年6月23日 この国のいい住宅地は、ほとんどがお金持ちの住宅地になってしまったのだけれど、鎌倉もそん…

もっともっと自由でいいんだよなんて

植物は自由でいいなと思う。足がないから歩けないのにそれでも自由なのだからいいなと思う。 2016年6月20日壁面緑化とか屋上緑化と言うとなんだか建築に遠慮しているようでつまらないなぁと思うのだけれど、遠慮なんかしなくていいんだよ、もっともっと自由…

成り行きに任せるしかないのだけれど

なにごとも結局は成り行きに任せるということなのだ。 2019年6月20日 うまく着地できない仕事というのがある。それでも現場ははじまる。成り行きに任せるしかないのだけれど、でもこの成り行きというのは自然の流れに乗るということだからなかなかいい。草ぼ…

ほとんど何もしないというしごと

結局何もしないと言うことなのだなぁ。 2019年6月20日 この庭は誰が作ったの?と問われれば、虫たちや、鳥たちや風かなと答えざるをえない。で、じゃぁ僕たちのしごとはと問われれば、半日ぐらい、じーっとぼーっと眺めているほかしようがない。ほとんど何も…

庭園家というより緑の洋服屋

家でもなくて、庭でもなくて、此処でしかなくて。 2013年6月15日 緑をまとったという風な成城の家。庭をつくるというより、家に緑の服を着せてあげる。庭園家というより緑の洋服屋、そっちの方がピンとくるな。

その崩し方が上手だ

街だって崩し方なんだ、人生だって崩し方だ、きちきちはいやだ、さらっ着くずしていたい。 2016年6月14日 青山・表参道エリアが好きだと言うとなんだか女子のようだけれど、好きだから仕方がない。消費され尽くしてしまうのかなと思っていたけれど、どっこい…

ようやく掘り出されて

沓脱石というのはいつも必要で、でも定番の沓脱石みたいなのは嫌だから、大きな四角い大谷石を置いてみたら、シュッとしていてよかった。 2017年6月9日 今さらながらに大谷石がいいなと思ってる。石と懇意になるとは思っていなかった。大谷石は石の中でもち…

農家の庭先みたいなのがいいなと

農家の庭がお手本だよってずっと言ってきているのだけれど、誰も振り向いてくれない。 2019年6月9日トンネルを抜けるとようやく細長い庭が見える、そんなのがいいなと思ってきた。農家の庭先みたいなのがいいなと思ってきた。今年で5回目のオープンガーデン…

立派なのが苦手であるから

立派なのが苦手であるから、ジャポニズムも苦手であるから、でもかわいいのは苦手でないから。 2020年6月8日 ふじ棚ができた。ずっと地面をのたうちまわっていたふじが、ようやく立ち上がった。様々な事情から丈が低いのだけれど、ふじ棚というとなぜか立派…

じっと待つことにしよう

やっぱりちょっと硬すぎたかなぁ、若かったのかもしれない。でもよく年取っても青さを失っちゃいけない、真っ直ぐさも失っちゃいけないというから。結論は硬軟どちらも失っちゃいけないということなんだけれど。 2015年6月5日1年たったので、どうなったかな…

重たい石のことを考えている

石は重たいやたらと重たい。ずっと何事も軽くなければいけない主義だったけれど、最近重たい石のことを考えている。 2018年6月2日 ずっと眠っていた石を起こしてあげて、さぁこれからどうする?というところなんだけれど、前にもこういうことがあって、この…

そんな田舎を作りたい

最近までは森が作りたいと思っていたけれど、今はちょっと違って、森があって、道があって、庭があって、畑があって家がある、そんな田舎を作りたいと思ってる。 2015年5月27日 いったい何をつくっているんだろうと思う。どうも庭ではないような気がする。こ…

ただただ草ぼうぼうの村

とんでもなく大変な仕事だった。でもなんとかできて、村のような場所を作りたいという望みはかなった。生まれてまだ20年ほどなのに、もうずっとそこにある村のように見えた。100年も200年も小さな村であり続けてほしい。 2015年5月19日 小さな村のような場所…

「シェルブールの雨傘」みたいなOpen garden

雨なのにOpen garden。なのに10余名が来てくださって。だから雨も3時過ぎには退散して。庭の力ってすごいよね。Open gardenを始めて数年がたつ。ようやくわきあいあいの会。庭のチカラ、植物のチカラ、お茶のチカラ、お菓子のチカラ、溶けて混じって、ひとつ…

そんないっぷくが楽しい

大きな桜の木の下でお茶を飲む、そんないっぷくが楽しい。 2018年5月16日最近はいいコーヒー屋さんがちょっと外れた所に出来つつあって、幡ヶ谷や初台などは昔は何もなかったのだけれど。かつては郊外へ郊外へと言っていたと思ったら、最近は都心回帰、都心…

みんなで風景をつくってる

なぜいいのだろう?バラばかりが偉いんじゃない、後ろのアイビーも、半開きの鎧戸もみんなで風景をつくってる。 2014年5月15日 初めて降りる駅、井の頭線・富士見ヶ丘駅、日本の町の5月、こんなにたくさんのバラが咲いていたとは。

まぁまぁ元気そうでよかった

かくかくとした庭が好きだ。何事も柔らか過ぎちゃいけない、かくかくとしてなきゃいけない。こんなにかくかくしていても鳥たちは遊びに来る。水浴びにくる。人のために作る庭なのだけれど、そのうち主人が交代する、野鳥や昆虫たちが主人となる。こんな望外…

シックというかチャーミングなひとに

この庭も6才になった。大きくなったろうなぁ、というか庭は大きくならない?じゃ、なんと言えばいいの?シックというかチャーミングなひとになって欲しい。 2016年5月10日 精神的にも肉体的にもクタクタになった1週間のあと日常にもどった。日常がいいと思…

「世に逆流せず、また心を乱さざるの徒」って

庭をつくる人ってこうなの?「世に逆流せず、また心を乱さざるの徒」って、全く正反対じゃないか。それにしてもこの本、装丁もかわいい。 2020年5月9日 『庭をつくる人』 著:室生犀星 この本を本屋さんで見つけた時、やったぁと思った。こんな本があるんだ…

結局この一冊を抱えて人生を

庭について書かれた本はたくさんある、でもみんななんかピンとこない。結局いつもこの本に戻ってくる。結局この一冊を抱えて人生を終えるのかなぁ? 20年5月6日『IN OUT OF THE GARDEN』 著:SARA MIDDA50年近く庭だの風景だののことを考える世界に身を置い…

すきまだらけデコボコの時代

もうぴかぴかツルツルの時代ではないだろうと思ってる。すきまだらけデコボコの時代だろうと思ってる。 2016年5月10日 「一 家に一台車を持つことは、毎朝飲む牛乳一杯のために牛を飼うようなものだ」という ドイツの環境派の人たちの話が好きだ。だから駐車…

おうちだの、お庭だのと言いつづけた荷風さん

いつまでも、おうちだのお庭だのと言い続けていたい。 2020年5月3日 おかしな時代になってきた。でも荷風さんだっておかしなおじさんだった。こういう時代だからこそ、荷風さんのようにおうちだの、お庭だのと言い続けていきたい。 お庭文学というのがあるだ…

また行くね

その後もひたすら静かな場所であり続けていてくれているだろうか。また行くね。 2015年5月5日 1軒のお気に入りの店を見つければ、もう充分にその町が好きになる。そしてその店に来るために,その町に通うようになる。 全てが控えめな yukei salon de the、…