庭というより見本園のようなもので

何事もちょっとだけというのが性に合っている。

2019年7月4日
庭なんていうのは大きいとか小さいとか関係なくて、狭い道端にヒューケラやらアジュガやらを適当に取り混ぜて植えて、小さなプラントラベルを添えてあげて、庭というより見本園のようなもので、道行く人がちょっとだけ喜んでくれるといいなと思う。

 

「 好き」 を大切にっていう本

水丸さんは内田百間の系譜にあったとは、なるほど。

2021年7月4日
久しぶりに渋谷に行ったので、文化村の本屋さんナディフに寄った。好きな本屋さんだ。ぐるぐると何度も回って最終的に 「ブルーイング・ストーリー 父・安西水丸のこと」安西カオリ著 と「風の便り」小山 清 著 を買った。どちらも美しい本だ。 本は美しくなきゃいけない、本だけじゃないけれど。で、今日は 「ブルーイング・ストーリー」 を読んでいた。ずーっと安西さんのことなぜ好きなんだろうと考えていた。それが分かった。「自分の本当に好きなものを見つけて下さい。見つかったら、その大切なもののために、努力しなさい。きっとそれは、君たちの心のこもった立派な仕事となるでしょう」という内田百間の言葉が引用されていた。そうなのだ、安西さんは自分の本当に好きなものを大切にした人だった。もう一つの本、 「風の便り 」の帯にはこんなことが書いてある。「好きな人のことを 褒めることで 生涯を送りたい」 買うときには気がつかなかったけれど、ふたつとも 「 好き」 を大切にっていう本だったのだ、今頃気がついた。

 

おいしいもののチカラって大きい

ここのクスクスは美味しい。とっても落ち込んでいた時に救ってくれた。

2016年7月4日
この間、いろんなことがあった。だからお昼はごちそうを食べようと思った。冷たいワインを飲みたいと思った。お店のひとに相談したらクスクスがいいと言ったのでクスクスを頼んだ。食べているうちにいろんなことを少しだけ忘れた。おいしいもののチカラって大きい。元気をくれる食堂を持っていることはたいせつなことだ思う。

 

ずっとリレー走は続くのだから

地元のS中学校の1年生たちがやってきた。校外学習で、ここではSDGsについてどんな取り組みをしていますかというから、う~~んと唸りつつもたどたどしく答えた。そもそもSDGsという言葉が僕たちにもよくわかっていないから、だから思いつくことを話したけれど、要は、そろそろ危ないぞ、でも楽観しすぎないでね、悲観しすぎないでね、ということぐらいだろうか。60年前、僕は彼らと同じ年だった。子供を取り巻く環境は激変しているとは思うけれど、彼らと話していて、ちっとも変わっていないなと思うのだった。まだまだあどけないし、でもちょっとだけ大人びてもいる。そろそろバトンは彼らに渡さなきゃだ。ずっとリレー走は続くのだから。

 

ワインの世界にはテロワールという言葉があって

またふらふらとすずらん通りを歩こうかなって思っていたら、感染症がまた広がりつつあるという、こうなったら持久戦だな。

2019年7月4日
最近はうれしいことがあると、経堂のすずらん通り商店街を歩く。「のびしろ」の看板はいつ見ても楽しい。飲むほどに酔うほどに人生にのびしろができそうだから今度入ろうと思う。yy architects はいつでもみんなでわいわいしていて、いい建築を作るに違いない。プチタ・プチは、パンとワインとスープというシンプルなレシピがとてもいい。ご主人が勧めてくれるワインはとても美味しくて、ひとくち口に含むとすぐに幸せになる。ワインの世界にはテロワールという言葉があって、風土のことだという。風土のことについて考え続けるワインと風景の世界はどこかでつながっているようで嬉しい。いつかワインと風景の世界を自由に遊べる人になりたい。

 

だからビールを頼んだ

またBUNDANNに行ってビールが飲みたい、中原中也を気取って。

2015年7月3日
日本近代文学館に行った。こんなところがあるんだなぁ、素晴らしい。文学のチカラなんてと思っていたけれど、こんな時代だからこそ、文学のチカラ、文字のチカラなんだなぁと思った。そしてもうひとつ、言葉と絵たち、その連携がすばらしい。歩き回っていたらこんなことが書いてあった
「向日葵は西洋人より背が高い」 軽井沢にて、掘辰雄
「 われはうたえども やぶれかぶれ」 室生犀星
堀さんは堀さんだ,室生さんは室生さんだ。
BUNDANNのメニューに中原中也が書かれていた。だからビールを頼んだ。
渓流〈たにがは〉で冷やされたビールは、
青春のやうに悲しかつた。
峰を仰いで僕は、
泣き入るやうに飲んだ。
ビシヨビシヨに濡れて、とれさうになつてゐるレッテルも、
青春のやうに悲しかつた。
しかしみんなは、「実にいい」とばかり云つた。
僕も実は、さう云つたのだが。
中原中也 「 渓流」より

 

なるほど、このことを言うのかと思った

  • 太郎くんが多摩センターにやってきた。この年になるまで、選挙の立候補者のチラシ配りをしたことがなかった。選挙で棄権をすることはなかったけれど、でも特定候補、特定政党の応援をすることもなかった。去年孫が生まれて孫たちが大人になる頃のことをよく考えるようになった。今のまま突き進んで、今のまま壊れていっていいのかなと考えるようになった。まづはブレーキをかけないととチラシ配りくらいはできるかなとチラシの束をもらった。100人のうち98人は足早に通り過ぎて行った。目を合わせてもらえることもなかった。ただただ無表情に、ただただ無関心に足早に通り過ぎて行った。まさにこれが今のこの国の風景なのだなと思った。とにかく一番怖いのは無関心だという議論はよく聞いていた。なるほど、このことを言うのかと思った。既にとても怖い事態に至っているのかなと思った。