あぁこれだと思う絵葉書に

絵葉書が好き。

2016年7月21日

お世話になったお客さまにお礼状を出すことにしているのだけれど、どんな絵葉書にしようかなと考えるのが楽しい。そして時々、あぁこれだと思う絵葉書に出くわす。この間伺ったお宅には樹齢50年ほどの堂々としたタイサンボクがあったのだけれど、今日このMagnolia Grandiflora.Wの絵葉書を引き出しの中に見つけた時はうれしかった。この仕事をしていて良かったと思った。

https://www.youtube.com/watch?v=uz0NV-HOT0M

 

若い人たちに伝えたかったことは、たったひとつ

例え、世界があした終わろうとも、わたしはリンゴの木を植える、そう決めたんだから。

2016年7月20日

今年ももう7月、1年の半分が終わった、そして仕事の半分も終わった。非常勤講師=旅回りの役者の最終講義、4ヶ月かけてぼくが若い人たちに伝えたかったことは、たったひとつ「たとえ明日、世界が終わりになろうとも、私はリンゴの木を植える」マルチン・ルター。そんな訳で2016年の半分を終えてひとり打ち上げ。パルテノン大通りのサイゼリアでグラスワイン、冷たいコーンスープ、ペペロンチーノとコーヒーゼリー。ジュンク堂に寄って文庫本を一冊「人間万事噓ばっかり」山田風太郎。「闘うな、踊れ!」と言った山田風太郎。

https://www.youtube.com/watch?v=xfoInIHogzA

 

でも夢を諦めてはいけないということを教えてくれるのが

いつまでも苔むさず、ライカは僕のローリング・ストーン。

2019年7月20日

もう物欲というようなものはない、車を手放した、自転車も手放した、テレビは壊れた、最後の砦のラジヲも近頃調子が悪い、でも最後に欲しかったものがあった、ライカだ。風景の仕事をするのに、コンパクト・カメラで写真を撮ってどうする?学生時代に見つけたアメリカの学生たちが作ったポスターにこんなのがあった。

ランドスケープ・アーキテクトというのはいつも首からNikonをぶら下げている種族だと、だから僕もそうしていた。でもあんなに信じていたNikonはあえなく転落した、あんなに世界中を席巻していたNikonがこんなに早く転落するとは思わなかった。じゃ僕たちは何を持てばいいのだ、やっぱりLeicaだ、あの赤地に銀のLeicaのロゴが欲しい。ロバート・キャパのように、ちょっとピンボケ?と言って笑っていたい。でもLeicaはあまりに高い。でももういいだろう、残された時間を生き延びるにはやっぱりライカが必要だ。実は中古のLeicaM8を買ったのはもう1年半も前だった。あこがれのLeicaを意気揚々と持ち帰って箱を開けた、でもすぐに箱に戻した。こんなに使いづらいカメラは僕には扱えないと即座に封印した。でも少しづつ少しづつ再起の機会をうかがっていた、そしてようやくシャッターが切れるようになったのが昨日だった。もう年寄りなんだから、いくら時間がかかってもいいんだ、でも夢を諦めてはいけないということを教えてくれるのが本当のブランドだ。

あぁ~、あのあこがれの~ ほんとのライカだぜ~~、いつまでも苔むさず、ライカは僕のローリング・ストーン、ライカは僕のローリング・ストーン

https://www.youtube.com/watch?v=DBbEtvLo5xw&list=RDDBbEtvLo5xw&start_radio=1

 

庭をつくる、木や花や野菜が育つ、人が集まる、おしゃべりがはじまる

真夏のオープン・ガーデンには真夏のオープン・ガーデンの物語がある

2021年7月20日

7月17日は5回目のオープンガーデン。見よう見真似で始めたオープン・ガーデンだけれど、ようやく肩の力の抜けた感じになってきた。チャリティの側面をもっているイギリスのとはちょっと違って、家ってなに?、庭ってなに? 家庭ってなに? そんなおしゃべりをする。生まれ故郷のイギリスではとっくに答えが出ている問いかもしれないけれど、僕たちはまだ答えを持っていない。今年はコロナ禍でできなかなかったけれど、来年はまたワイン・グラス片手のほろ酔いシュンポシオン (饗宴)になればなぁと思う。庭をつくる、木や花や野菜が育つ、人が集まる、おしゃべりがはじまる、そんな物語が楽しい夏の1日だった。

 

「ゆっくり」とは、ほんとうは、「生きる」ことのもっとも大切な意味だったのでは

「ぼくたちはどう老いるか」高橋源一郎著を読んだ。読後ずっと放ってあったのだけれど、線の引いてあったところを再読してみた。
この本は鶴見俊輔さんや吉本隆明さんが残した老いの奇跡を辿りながら老いについて考える体裁をとっている。
鶴見さん、少しづつ少しづつ速度を落としていって、最後にすーっと消えていった。吉本さん、最後の最後まで「より、まし」であるなにかを追いかけながら去っていった。困難な時代になってしまったけれど、僕たちは優れた先達を持ったと思う。
慶應四(明治元)年五月、上野で戊辰戦争が始まって騒然としていた江戸、芝居も寄席も見せ物も料理屋もみんな休んでしまっていた中で、慶應義塾の開祖である福沢諭吉は、遥か遠くから聞こえてくる銃声に気もそぞろになっていた塾生たちに、「いまは本を読む時だ」と言って、経済学の英語原書の購読を続けたエピソードが、僕は好きだ。「外」が押し寄せてくる時、あえて「外」の世界を遮断して、「内」にこもる必要があるときがある。あえて、本の世界にこもるのだ。p.52
一つのことを書く。しかも引用で。ちょっとだけ。それから一か月ほどたって、また、ちょっとだけ書く。しかも引用で。p.55
鶴見さんの文章は正反対だ。できるだけ遅く、できるだけ空っぽなのだ。p.56
僕たちがどんなに弱って、混乱しても、その「目印」や「記号」で、過去を甦らせることができる。それだけが、僕たちを立ち直らせることができる力なのだ。p.59
私のいるところには、今の私しか立てない。p.70
それは「自分にとって受け入れられる負けへの道、を探す」ことなのだろう。p.97
私にとって、この町内が公で、国家はぼんやりしているのだ。そして、その小さな「町内」こそが、「もうろく」した自分にとっての「公」の空間なのである。p.99
「老人」たちはようやく「ゆっくり」を取り戻したのである。「ゆっくり」とは、ほんとうは、「生きる」ことのもっとも大切な意味だったのではないだろうか。p.105
そして、そこでやるべきことは、「働く」ことでも、「挨拶」することでもない。もうそんな時間も、それができるからだもないのだから。だから、「考える」のだ。「世界」は「考える」場所なのだ。どうしてそのことに気づかなかったのだろう。p.125
「偉大」な人たちが「思想」の大伽藍を残すなら、「ふつう」の僕たちはまた、小さななにかを、生きている間に世界の中で作り上げた小さななにかを残すのだ。p.184
自分自身の内奥にあるはずの「秤」にかけて、「より、まし」であると信じるなにかを、この世に生み出すのだ。p.368

もう少し詰めてみない?そんな話きらい?

映画「急に具合が悪くなる」を見た。日仏の母語の違い、舞台演出家と介護施設長という職域の違いを越えて、絆を深めあっていく真里とマリー・ルー。京都とパリ、演劇世界「テアトル13」と老人介護施設「自由の庭」という二つの世界を行きつ戻りつして、真里とマリー・ルーは世界は変わり得ると信じさせてくれる。そんな二人を静かに見守る長塚京三演じる清宮吾郎が思い出させてくれる「品格」ということの大切さ。パンフレットで折坂悠太さんが書いている「この映画を作った人たちは、本当に世界を変えようとしている」と。
様々なことが無力に思えてしまう現代という社会にあって、まだまだこのような作品を作りうるんだという希望を見せてくれた映画だった。
吾郎さんは言う「重要なのは不可能が可能になるを示したことだ」
真里は言う「不可能なものは不可能です。でも、可能になるまでは、です」「戦っているのものの正体をさ、もう少し詰めてみない?そんな話きらい?」と。