旅する古本屋、次の出動はいつ?

3月2日はBooks 散歩社の3度目の出動。寒い寒い1日、そんなお天気のせいもあって、立ち寄って頂ける方はぽつぽつ、それでも寄っていただけた方は熱く本と向き合っておられた。そんな方が来られると強くハグしたくなる、本っていいよねっ!今年はリヤカーを購入したので、散歩社という名に相応しい道具立てが少しづつ整ってきた。旅する古本屋、次の出動はいつ?

 

また立ち上がろうって

今日は一日多摩中央公園で古本屋のおじさんをやっていた。寒かったぁ。ここで一日座っているといつも思う。どうしてこんな風になってしまったのって?でも、ずっと座って考えていると、いろんな人とお話してると、また少し元気になってくる。悲観ばかりしていてもしようがないって、また立ち上がろうって。

 

さっと薄日のような日が差してくることもある

  • ボソボソボソボソとが、とってもいいよね。

    2020年2月27日
    高校生の時、青砥は須藤に付き合ってほしいと言った。昔の高校生はよくそんな風に言ったものだった。須藤はノーと言った。そのあと別々の人生を歩んで50を過ぎた頃、青砥と須藤は、生まれ育った町の病院の売店で出会った。なんとなく「よっ」と言って「よっ」と答えて、時々発泡酒なんかを一緒に飲むようになった。ボソボソボソボソと話しながら。そのボソボソボソボソはおよそ小説らしくなくて、あまりにボソボソとしていて、ただそのボソボソとした言葉のやりとりは、よく知らないけれどギリシャ悲劇やシェークスピア劇などの台詞にも負けないんじゃないかなと僕は思った。例えば「青砥はさぁ、なんで私を「おまえ」っていうの?」例えば「おまえ、あのとき、なに考えていたの?」「夢みたいなことだよ。夢みたいなことをね。ちょっと」人生も50を過ぎるといろんなことが起こる。その多くはあまりいいことではないけれど、さっと薄日のような日が差してくることもある。そんな話だった。人生はこんな風に終わっていくものなのかなぁ、しみじみと淡々と。

いつそれを言ってくれるか、ずっと待っていたんだ

ずっと昔、村上さんてどこがいいんだろうと思った。50年くらいの時間がたって、今ようやく、あ、なるほどなと思う。確かにこれをなんと呼べばいいんだろう、とりあえず、ポップだなぁとでもよんでおいて、またしばらく読んでみよう。

2022年2月23日
長い旅が終わった。東京から四国まで。佐伯さんが素敵だ!ホシノちゃんも、ナカタさんも、大島さんも。会う人会う人がみんな違っているけど、みんな良くって。大島さんはいつもユーノスロードスターで颯爽とやってきて、佐伯さんはいつもフォルクスワーゲンゴルフのエンジン音を響かせて帰っていく。ちっともよくわからない物語なのになぜかとっても端正で。夢を見ているような覚めているような。でもようやく旅は終わった。さぁ東京にに帰ろう!時々鳴る「大公トリオ」愛聴盤にしなきゃだ。
「世界はメタファーだ、田村カフカくん」と大島さんは僕の耳元でいう。「でもね、僕にとっても君にとっても、この図書館だけはなんのメタファーでもない。この図書館はどこまで行ってもーこの図書館だ。僕と君のあいだで、それだけははっきりしておきたい」「もちろん」と僕は言う。「とてもソリッドで。個別的で、とくべつな図書館だ。ほかのどんなものにも代用はできない」僕はうなづく。「さよなら、田村カフカくん」と大島さんは言う。「さよなら、大島さん」と僕は言う。「そのネクタイとても素敵だよ」彼は僕から離れ、僕の顔をまっすぐ見て微笑む。「いつそれを言ってくれるか、ずっと待っていたんだ」p.425

 

にっこり笑って戦おう

久しぶりにBooks 散歩社が出動します。3月1日多摩中央公園パークライフショー、大池前テラスにてのんびりぼんやり古本屋のおじさんをします。遊びに来て下さい。だから今日はどんな本を出そうかなって選書作業中です。これが中々難しいでも楽しい、今回はちょっと硬めにまちづくり系の本を出そうかなと思っています。実は私は、今進行中の多摩中央公園の改修計画(park-pfi)に多大なる疑問を持っています。だからとっても楽しくとってもわくわく出動する訳ではありません。でも今黙っちゃったら、益々多摩ニュータウンはおかしくなると思っています。だから戦う古本屋さんとして出動します。でも中央公園はまだそこまで壊れていなくて、1日ぼんやり古本屋さんをしていると、ついついちょっと幸福な気持ちになってしまうのです。戦う古本屋さんとしては、うっかりぼんやり幸せな気分になんかなっちゃいけないのですが、そこはそれ僕もすっかり歳をとってしまったので、にっこり笑って戦おうと思っています。3月2日土曜日はお天気も良さそうです。戦う仲間も戦わない仲間もどうぞ遊びにきて下さい。本は街をひとを繋ぐ役割があるって思っています。

 

「真鶴」読まなきゃだと思ってた

  • なんだかよくわからない小説だった。ずっとたゆたっているような、寂しいような、せつないような、それでもうっすらと光は射しているような。ずっと真鶴に行きたいなぁと思ってた。そのためには「真鶴」読まなきゃだと思ってた。川上さんてこういう人だよね、いつもニコニコと静かで、川上さんの言いたいこと分かるなぁなんて言うと「そうかしら、ちっとも分かってらっしゃらないわ」と言われそうだけれど。川上さんが書くのはひかり?それもうっすらとしたひかり。川上さんというのはこんなぼんやりとしたひかりをコトバにする人なんだ。
    「嘘をついて暮らしていくことに耐えられなくなった人間が、小説を読む。川上弘美の小説はそのことをじつによく示している」p.268