こういう人になれたらなあと思う

ずっーと舟越さんが作る彫像みたいな人に会えるかなと思ってきたのだけれど会えない。誰も舟越さんの彫像みたいな人にはなれない。

2021年1月21日
舟越さんの彫像が好きだ。普段着だけれどとても端正なセーターやシャツを着ている。髪のかたちもきちっとしていて、とても静かだ、それでいてとても自由だ。こういう人になれたらなあと思う、でもこういう人はなかなかいない、こういう人になるのはとても難しいことなのだと思う。よく昔の人はいい顔をしていたという、舟越さんの作る彫像たちは昔の人のいい顔とも違う。もちろん今の人の顔とも違う。じゃあ未来の人はこんな顔になるのだろうか。そんなこともなさそうだ。昔も今も将来も僕たちは舟越さんが作る彫像のようなたたずまいを持てない。すごく残念なことだ、とても淋しいことだ。

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僕はライト派だなぁ

  • 「長く生きるほど、人生はより美しくなる」フランク・ロイド ・ライト の言葉を信じて、さぁ今日も仕事をしよう!それにしてもコルビュジェ、ガウディ、ライトの3人、この言葉から見る限り、僕はライト派だなぁ。

    2017年1月18日
    津端さんはいろんな時代を生きて来た。戦争中、海軍で戦闘機の設計をしていた。戦争が終わって、レーモンド事務所や坂倉事務所といったアトリエ事務所の自由でのびのびとした世界で腕を磨いた。でもじぶんの仕事は、焼け野原になったこの国に新しいまちをつくることだと考え創設期の日本住宅公団に入った。さまざまな新しい理想にあふれたまちの風景を描いた。でもこの国の住宅政策は、だんだんおかしくなっていく。違うなぁこれはと思った津端さんは、じぶんが計画に携わった高蔵寺ニュータウンに土地を買って、愛妻とともに小さな家と畑と雑木林を少しづつつくり始める。
    この映画はそんな津端さんのこつこつとした生活につかず離れずカメラを回し続ける。映画の中で3人の建築家の言葉が語られる「家はくらしの宝石箱でなければならない」ル・コルビュジエ、「すべての答えは、偉大なる自然の中にある」アントニオ・ガウディ、「長く生きるほど、人生はより美しくなる」フランク・ロイド・ライト。津端さんはこれらの言葉を信じ続ける。「 自分ひとりでやれることを見つけてこつこつやれば、時間はかかるけれど何か見えて来る、とにかく自分でやること。 時間を降り積もるように少しづつ、ゆっくりためていくこと」そんな生活をつくり出していく。そして90歳になって人生最後の良い仕事に巡り会う。
    津端さんの生活は「 長く生きるほど、人生はより美しくなる」そんな ライト の言葉がぴったりだ。みんなが少しづつ年をとっていく今、厳しい老後の現実ばかりが語られる。でも「 時間を降り積もるように少しづつ、ゆっくりためていくこと」、そうすれば 人生はより美しくなるのだと津端さんは言う。
    https://www.youtube.com/watch?v=YkTQVlA2KJ4

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柚木沙弥郎さん、99才のおじいちゃん

立川PLAY! 柚木沙弥郎展に行ってきた。入り口に「心をかたちにすること」とあった。この一言に尽きると思う。心にかたちなんかあるものか。心をかたちになんかできるもんか。みんなそう言う。あるんだなぁそれが。柚木さんを見ているとそんな風に思わせてくれる。柚木沙弥郎さん、99才のおじいちゃん。こんなおじいちゃんになれるかなぁ?

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やっぱり絵日記という形式があっているのかも

確かにこちょこちょと描くのがウマが合う。

2019年1月17日
今年は絵日記を続けるんだと思って数日がたつけれどまだ続いている。やっぱり絵日記という形式があっているのかもしれない。誰にでもウマが合うという形式や場所や人がいるのだと思う。そんなことを大事にしなきゃいけないと思う。

 

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スケッチでもしてみようと

そうそう、困った時には手を動かすこと。

2021年1月17日
日曜日、石油ストーブのそばで一日中だらだらしていたら、さすがに「いつまでもそんな風にしていればいいじゃない」と、自分自身に叱られているように思えてきたから、スケッチでもしてみようと思った。手を動かして絵を描くというのは不思議なことで、こんな怠惰な一日でもそれはそれで意味のあるかたちにしてくれるのだった。

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つばめグリル風ハンブルグと黒ビール

つばめグリルハンブルグと黒ビールで新年を祝ったとは羨ましい2年前。

2020年1月16日
大井町まで行ったので足を伸ばして天王洲アイルの建築倉庫、Steven Holl展へ。いったい建築はどこへ行ってしまうのだろう?と思うことが多いのだけれど、Steven Hollは朝、目が覚めて 鉛筆と水彩絵の具で ささっとスケッチを 描くのだということを聞いて、久しぶりに幸せな気持ちになって、さぁまた仕事をしようという気持ちになったものだから帰りにつばめグリルによって、つばめグリルハンブルグと黒ビールで新年を祝った。
「ホールは毎日儀式のように、頭が最もクリアで、建築の創造で求められる直感的・創造的な考えを取り入れやすい1日の初めにドローイングを描く。」STEVEN HOLL MAKING ARCHITECTURE p.2

 

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だから好きなものとはいつかきっと

というかこういう家が好きなんだ、だから好きなものとはいつかきっと出会えるということなんだと思う。

2018年1月15日
きのう北鎌倉を歩いていたら、今年の年賀状に描いたみたいな家に出会って、おかしかった。むかし絵に描いたものはきっとカタチになるのだからと言い続けていたことがあったのだけれど、この家は前からあったわけだから、絵に描いたものとはいつかきっと出会えると言い足してもいいかもしれない。

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