本とニューヨークと風変わりな人々とジャズと

「木」がいいなと思って生きてきた、このところそこにいっぽん横棒が加わって「本」がいいなと思ってる。本とニューヨークと風変わりな人々とジャズと。お気に入りが4つも揃うのだから見ないわけにはいかない。久しぶりに映画、吉祥寺のup link。最近気になっているフラン・レボウィッツおばさんがおかしい!
https://www.youtube.com/watch?v=he_GfoT_G_A

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まだまだ修行が足りないからなのかなぁ

図面を描く前にああでもないこうでもないとぱぱっと描くのをエスキスというのだけれど、やっぱりフランス語だからどうしてもちょっと気取って、ちょっとおしゃれに描かなきゃと思うってしまうが、齢も70を過ぎると、もうそんなことどうでもええやんと思うようになって、とにかくぱぱっと描いて、うん、これでいこって自分自身が確認できればいいのだから、でも風景が生まれる瞬間というのは、赤ちゃんが生まれる時と同じで、この瞬間が一番楽しくて、図面が描き上がったり、工事が終わってしまったりした時にはこのみずみずしさが失われてしまうのは、まだまだ修行が足りないからなのかなぁ。

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古本屋さんは小さな小さなビジネスであってもビジネスには違いなくて

ままごとみたいな古本屋さんを始めて2〜3ヶ月が経つ。まづどれを売りに出そうかと思って書棚の前でう〜う〜唸るのが楽しい。それらのうちの幾冊かについては、もう一度線を引いたところを読み返したり、もう一度初めから読みかえしたり、ためつすがめつようやく別れを告げる本を決める時間のスリリングなこと。まるで恋人と別れる前ほどに七転八倒する。で、最近はまたもう一つ楽しみが増えたのは、徐々に古本屋さんをやっているということが皆さんに知られて、ご近所の皆さんから 少しづつ本が集まりだして、それらのうちの多くが当然ながら自分では絶対買わないだろうと思う本であるけれど、ぱらぱらと拾い読みしているうちになんだかいい本だなぁと思うようになってしまって、結構たくさん買ってしまうのだった。今日もそんなことがあってたくさん買ってしまったのだけれど、それでも5冊買っても500円で、古本屋さんは小さな小さなビジネスであってもビジネスには違いなくて、でもなんとも楽しいビジネスだなぁと思う。

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何がなんでもオリンピックみたいなことになって

日曜日の午後など、ぼーっと、読んだり、飲んだり、居眠りしてたりしていたら、easy living が流れてきて、あ〜こういうが easy livingなんだなとひどく納得がいって、この国にはあまりこういう脱力を讃える歌はないようだなと、何がなんでもオリンピックみたいなことになってしまうのだなと考えていた。
https://www.youtube.com/watch?v=u3S5rXpo47w

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久しぶりにリアルな集まり

昨日はクルミドコーヒーの読書会「カフェから時代は創られる」そうだそうだと思うから早速参加。この本にはこんなことが書いてある。「場があれば何かが生まれるわけではないにせよ、何かが生まれるためには居続け、語り続けることができる場が必要である。志があったにせよ、それを分かち合い、共に切磋琢磨しあえる仲間に出会える場がないのなら、孤独の果てに志まで失われることもある。現在でも芸術の都としてその名を世界に轟かせているパリやウィーンが、カフェで囲まれた街であったというのも決して偶然の一致ではないだろう」p.160
久しぶりにリアルな集まり、本と人と言葉と灯りと落ち着いた調度と、またもう一度こういう会が日常に戻ってくるといいと思う。

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飛脚の時代でもあるまいし

「いっぱいやりますか?」「いっぱいやりましょう!」そんな葉書が行ったり来たり。もう一度そんな日々は戻るのだろうか?
2012年5月11日
ずいぶん前に葉書を出した。「いっぱいやりますか?」今日ようやく葉書が届いた。「いっぱいやりましょう」Oさんらしい大きなたっぷりとした字であった。飛脚の時代でもあるまいし、ずいぶん時間がかかることだなぁ。でもこうでなきゃだと思った。

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なんの屈託もなく美術館を巡ることができる日が

こんな風になんの屈託もなく美術館を巡ることができる日が2年前まであったのだなぁ。
2019年5月18日
コルビュジェ展に行ってきた。滑り込みだった。とっても混んでいた。巨匠にこんなこと言うなんて。展示はあまりワクワクしなかった。でも展示室を出てミュージアム・ショップをぶらぶらとコルビュジェのスケッチや言葉を眺めていた、楽しかった、元気になれた。コルビュジェという人はやはり建築の人なのだ、空間の人なのだ。キャンバスの上に貼り付けられている人ではないのだろう。3次元の世界に解き放たれて初めて生きる人なのだろう。展覧会はつまらなかった。でも改めてコルビュジェという人に出会って、いいなこの人と思った。ちゃんと勉強しなきゃいけない人だなぁと今頃思った。近代美術館の緑陰でくつろいでいるコルビュジェはまんざらでもなさそうな顔をしていた。

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