2017-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ちょっと心配

ユリノキの葉、一枚づつ落ちていって、いよいよ最後の一枚が落ちた時どうなるんだろうってちょっと心配。

「すこしづつ、すこしづつ」

「プチタプチ」ってどういう意味って聞いたら、「すこしづつ、すこしづつ」なのだという。 2013年11月28日 経堂すずらん通り商店街をふらふらと歩いていた。ここは面白そうだと思って入った。ワインのことなどなにも分からないけれど、店主のいろんな話を聞…

秋の半常緑樹って

今まであまり意識しなかったのだけれど、ビョウヤナギ Hypericum chinense の紅葉もなかなかいいのに気がついた。調べてみたらこれも半常緑とあって、昨日のムベといい今日の ビョウヤナギ といい、秋の半常緑樹ってなかなかやるのだった。

さぁこれでもういいかって思うんじゃなくて

このところ東京の公園や緑地についての本を読むことが多い。きっかけは進士五十八さんの「日比谷公園」を読んだことだ。それ以降、日比谷公園に強い愛着を持つようになった。今回読んだ樫原辰郎さんの「帝都公園物語」は日比谷公園、明治神宮、新宿御苑の3つ…

昨日ふと気がついた

ムベ Stauntonia hexaphylla ね、知ってる知ってる、と分かったつもりになっていたけれど、昨日ふと気がついた。こんなにきれいだったんだ。頭では半常緑だって分かっているつもりだったけれど、半常緑の美しさってこういうことだったんだ。

もうほとんど忘れてしまったのだけれど

昨日は古本屋さんをしていたのだけれど、新しい読み手に引き取られていった本の中にはずっと印象に残っている本もあって、そんな本と出会い直すのも古本屋さんごっこの楽しみでもある。昨日の場合は常盤新平さんの「山の上ホテル物語」で内容はもうほとんど…

ひょっとしてこんなのかもしれない

ビストロらしさってどんなだろうって思ってきたけれど、ひょっとしてこんなのかもしれない。美味しくてボリュームがあってリーズナブルで、調度は簡素で、給仕たちはきびきびと活気があって、何よりもお客さん達が楽しそう。こういうビストロを育てるのも京…

叱られるかもしれないけれど

京都の秋はこんなところにあるなんて言うと叱られるかもしれないけれど、でもそう思うから仕方ない。

京都はやっぱり水なのだと

久しぶりに琵琶湖疏水に沿ってを百万遍から南禅寺まで歩いた。いつも思う、京都はやっぱり水なのだと、土木のちからなのだと。

ぴたりと的を得ていると思う

いつもセンリョウ Sarcandra glabra がうまく使えない。京都、高台寺のセンリョウはぴたりと的を得ていると思う。

僕にはこんな庭がいい

どんな名園よりも僕にはこんな庭がいい。そこをうまく説明できればしめたものなのだけれど。

まだまだだ。

久しぶりにお天気が良くて、八百屋のけんちゃんと野菜と古書のユニットの日。この間京都でお話しした善行堂のおじさんがとってもよくて、以来一層古本屋さん道にいそしもうと東京に戻ったのであるが、善行堂さんに教わったのは、売れても売れなくても、お客…

Che Sara の頃には

昨日は place w にはるばる大阪から憂歌団の木村さんが来てくれた。なんだかとてもうれしくて、飲めないのにバーボンを2杯も飲んでしまった。そしてついに Che Sara の頃には、もうなみだなみだであった。 https://www.youtube.com/watch?v=58rUjZYMOXw

ようやくわかった気がする

やっぱり京都は面白いから、でもだからもっと面白いガイドブックがあるといいなと思って今回見つけたのはこれだった。「街を変える小さな店」は元恵文社の堀部さんが書かれた本で、僕の場合京都、京都と言ってもは百万遍界隈の狭い範囲なのだけれど、この本…

大切なことは小さな声で語られる

トリノの街が取り立てて美しく描かれているわけではない。少年と娼婦とのこと、母親とビストロの店主とのこと、どれもが控えめでささやかなものだった。それでも親子は間違いなく新しい街トリノで生き始めていく。そのささやかさ、ひかえめさが二人をじんわ…

もし善行堂がパリにあったら

今回の京都では百万遍の古本屋さん善行堂の山本さんとお話できた。ガラガラと引き戸を引いて入っていったら、とても暖かい空気が流れてきたのだけれど、それは帳場の横のターンテーブルでレコードが回っていたからだった。その音は40年前にこの辺りのジャズ…

https://www.youtube.com/watch?v=hFHt03HqIQY

もう何度繰り返したことか

初めての駅を降りて、地図を見ながら歩いていくとだんだんその地域の場所柄みたいなものが感じられるようになって、最後に目的のお宅にたどり着くとお宅にしかない佇まいに出会う。そうして例えば今日の場合はおばぁちゃんなのであるが、お庭を見せてもらっ…

ハイカラで美しいものが好きな彼が

木下杢太郎という人が好きだ。木下杢太郎が好きになったのも彼の文学的功績というよりも余技とも思われているかもしれない植物画集「百花譜」を偶然本屋さんで見かけたからであり、また杢太郎という名前がすてきだなと思ったからであった。だからこの本に惹…

ベニバナトチノキ Aesculus x carnea

朝の光の中のベニバナトチノキ Aesculus x carnea も、まだ少し頼りなくあるのだけれどいいと思う

いよいよ冬が

いよいよ冬が来た。こう言う感じはどんな風に言えばいいのだろうと思って色々考えていたのだけれど、最近よく耳にする「ぬけ感」という言葉が浮かんだ。聞き流している分にはいいのだけれど、深い秋の風景とは対極にある浅い言葉だなぁと今頃気がついた。

おじいさんが書くとても愛らしい本なのだ

老夫婦のひたすら何も起こらない淡々とした日々。書かれているのは、庭のバラたちと庄野夫人のピアノ教本ツェルニーの進み具合、庄野さんの唱歌を中心とするハモニカ演奏と、ご近所から受け取ったり届けたりのお裾分け、成城石井での買い物と、長女や孫から…

人にほほえみかければ

日曜日の朝は決まってベッドの上から「小さな村の物語・イタリア」を見る。村の美容師、ヴィルジーニアは実家のことを「マンマ・ホテル」と呼ぶという。いいなぁ、実家なんてなんてつまらない呼び方だろう。ヴィルジーニアのおばぁちゃんが教えてくれたそう…

そこがえらい

残った松も残したひとも大変だったろうなぁと思う。それでもそんなことおくびにも出さずに、ぽんとそこに在る、そこがえらい。富士見ケ丘駅前、歯科医院の庭の松の木。

この秋はすっかり

すっかりすかすかになってしまって、それでもやっぱり美しい。この秋はすっかりこの3本のハンテンボクと懇意になってしまった。文さんのせいかもしれない。 「季節は常に先へ先へと変わっていく。新しいものへと姿を変える。季節は老いを見せることがない、…

顔立ちがやはりちょっとだけ

アメリカフウLiquidambar styracifluaはアメリカ生まれだから、風景の顔立ちがやはりちょっとだけ違うような気がする。

富士見ケ丘はいいまちだと思う

富士見ケ丘駅前のお花屋さん、富士見ケ丘はいいまちだと思う。

これで一安心。

近頃すっかり見なくなったキクChrysanthemumの3本仕立て、昨日ようやく富士見ケ丘にて。これで一安心。

すっかりクリスマスだったので

久しぶりに降りた浜田山のケーキ屋さんのディスプレーがすっかりクリスマスだったので、ついつい買ってしまった

いいんだと思った

この映画は語ろうとしてもなかなか語れない。見終わった後、言葉が溢れてくる映画と黙ってしまう他ないという映画があるけれど、この映画は後者だ。ただただ黙って見て、ずっと心の中にしまっておく、その静けさや美しさをそっとしまっておくそんな映画だと…