「いまいるここ」が良き「場」たりえているかどうか、です

長田さんはずっと前から、ちょこちょこと読んできたのだけれどこんな事を考えてきた人だったのだなぁ。一番知りたかった事じゃないか。早く言ってくれなきゃって、僕が聞き逃していただけなんだけれど、ほんとにほんとにそういう事だ。
「何が正しく、何が間違っているか、ではありません。つねにまずおたがいの間に求められなければならないのは、じぶんたちが「いまいるここ」が良き「場」たりえているかどうか、です。・・・今日の問題の多くは、そうしたもっとも切実なものとしての「場」の思想が、おたがいのあいだに、いつか見失われるままになった。そうして、何もかもあたかもゆきあたりばったりのごとくなってしまった。というところからきているのではないでしょうか。・・・「場」が開かれた「場」にならなければ、のこるのは「閉塞感」だけになってしまいます。「閉塞感」というのはどこにも「行き場」がないという気分のことです。」p.87~88 「なつかしい時間」長田弘

f:id:machidesign:20200525184425j:plain