ぼんやりと形にならないものを

堀江さんの本の装丁はいつも堀江みたいに静かだ。 じっとしていよう、あまり動かないでいよう、分からないことは分からないままで、煮え切らないことは煮え切らないままでいいじゃないか、棄てきれないもの、噛みきれないもの、見きわめえないものの存在を切り捨てないでいいじゃない、という話。そんな話をパリの運河に係留された水上ボートに仮住まいする作者が、いつでも出発できるのにあえてそれを拒み、待機しつづける船の上で様々に思索する。堀江さんの本はとても難しい。筋らしい筋もない。ただただ静かに時間が流れていく。で、気がついたらほっと安心したところに着いている。
『霧の中で自分の視力はどこまで届くのだろうか、と彼は独語する。全く届かなくても、かまいはしない。いま切実に欲しいと彼が念じているのは、闇の先を切り裂いて新しい光を浴びるような力ではなく、「ぼんやりと形にならないものを、不明瞭なままで見つづける力」なのだから』p.105 河岸忘日抄 堀江敏幸

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