弾かせて下さい

堀江敏幸という人は静かなすっとした青年です。彼が選んだ本の書評集です。線を引いて行くと、いっぱいになってしまって、それぞれの本にたどり着くためにはたいへんなことなってしまいそうです。武満徹についてこんなことが書かれていました。まちが,ひとたちが,音楽がこんな風だった時代があったのです。
敗戦の一ヶ月前、十代半ばの武満徹は、ひとりの兵士が、蓄音機で聞かせてくれたシャンソンに心惹かれて、音楽を一生の仕事にしたいと思った。しかし、楽器にふれたこともなければ、楽譜を読んだこともない。戦後になって、進駐軍のラジオ局から流れるクラシック音楽を聴きながら独学で勉強を始めるのだが、家にピアノなどあろうはずもなく、町を歩いていて、鍵盤の音が聞こえるとその家に飛び込んで、弾かせて下さいと頼んでいた。驚いたことに一度も断られなかったと言う。
「ピアノを弾かせてください。」小沼純一武満徹 その音楽地図」より