日田はやっぱり水のまちで

今回の研修では日田もどうしても入れたくて、かつて仕事の仲間からずっと日田はいい、日田は面白いという話を聞いていたからだった。江戸幕府天領であったし、水は豊かだし、まわりは良質なスギ林に囲まれているのだから。ところが今回の旅行の準備をする際、余りに東京では日田の情報が入らないことに困り果てたのだった。で、たまたま大分出身の友人がいたから聞いてみたら、大分県人はまったく自己ピーアルがへたなんだということを聞いて合点が言った。こんないいまちなのになぜもっと宣伝しないの、でも誰もがわれもわれもという時代に、じっと黙っているのが大分の人たちであって、やっぱりそれがなくなったら日田は日田でなくなるから、旅行者には多少不便であっても、我慢しなきゃだと思う。そんなことで夜、大分駅前の地元のスギ材で作った屋台で飲んでいたら、若い日田の人たちと深い友だちになってしまった。そんな日田で、特に印象に残ったのは、屋形船が浮かぶ三隈川の水際に転落防止柵がなかったことで、日田はやっぱり水のまちで、川や水との付き合い方を知っている人たちなんだなぁとほんとうの理由は知らないけれど勝手にそう思った。