松山さんはこういう人だったのかと

「受け入れず、押し戻さず、共存せず、でもそこに置いておく」松山さん、見事だなぁ!

2020年5月3日
今日もまだ始めてばかりなのに、ひっかかってしまった。ぱっと開いたらこんなのが出てきた。
僕は都会に行き
家を建てる術を学ぼう。
僕は大工の弟子となり
大きな晴れた空に向かって
人畜の恐れるような屋根を造ろう。
・・・・・・・・・・
僕の人生に退屈したから
大工の弟子になって勉強しよう。
萩原朔太郎「大工の弟子」、建築はほほえむ 目地 継目 小さき場 松山巖 より
松山巖の作品には、失われてゆくものへの視線が強く働いている。・・・・その記述のユニークさは、失われてゆくものを描く時におちいりがちな、郷愁や批判を前面に打ち出すという方法を取っていないことによる。半分嘆きながら四分の一は面白がり、そしてあとの五分の一で苦虫をかみつぶし、残りのところでは、あえてなにもせずにただただナマケモノとして、そこにいる。受け入れず、かといって押し戻さず。共存はせず、でもそこに置いておく。つまりナマケモノとは、非常に強靭で理性の勝った精神状態を必要とするものであるのだ。大好きな本 川上弘美書評集p.188
ずっと探し求めていたけれど、ようやくこういうことかもしれないと思った。松山さんは」節目節目でちらちらと姿をあらわす人だったけれど、隠者のように生きてる人かなと思っていたけれど、松山さんはこういう人だったのかと。
それにしても全然本棚の整理が進まない。