しばらくひねくれていたけれど

こんな風景を夢見て、公園や広場という公共空間を作ることに関わりを持って来た。でも、ここで書かれているような風景に、ちっとも到達など出来やしなかった。そんな公共空間に関わることに疲れて、しばらくひねくれていたけれど、今官邸前に毎週末生まれていると聞く風景は、ずっと追いかけて来た風景なのかもしれない。
今のデモの場にはみんなのもの、すなわち「公共空間」が生み出されているようにみえる。ドイツの思想家ハーバーマスによれば、公共空間とは、政治権力や経済権力から独立した、誰でも入退出することの出来る自由な空間のことだ。・・・・こんにちのデモでは見知らぬ人が出会い、そこで会話し、参加者は互いに学び合う。たとえば官邸前抗議で毎回設けられているエリア「ファミリーブロック」は、こどもを持つ親たちや、初めての人が参加しやすい雰囲気づくりがなされ、・・・・くわえて誘導や医療班、弁護士、国会議員などの姿もある。だが、デモの中心にはならないし、誰かの意見を代表もしない。自分の意見を自分で言うために、誰かに動員されるのではなく、みな自発的に街中や官邸前、電力会社本店前まで身体を運ぶ。・・・・横断幕やのぼりとともに季節の花々を手にした人の姿も目に入る。人びとの声や楽器の音が響き、おのおのが持ち寄ったカラフルなプラカードもにぎやかだ。
文芸批評 「公共空間の民意、日常化」五野井郁夫 高千穂大准教授 2012年7月 24日 朝日新聞夕刊より
http://www.youtube.com/watch?v=zYpKNM1Yi5o