川本三郎さんの「ひとり遊びぞ我はまされる」を読んだ。映画と本と音楽と旅があれば、「しづかなる老」が送れると川本さんは言っている、それに特に嬉しかったのは、川本さんがボナールのことを語ってくれていることだった、大好きなボナールおじさんのことを語ってくれる人は余りいないものだから、とてもうれしかった。
「それに、年を取ると「もう年齢ですから」と不義理が出来るのもありがたい。面倒な仕事や人づきあいは、「もう年齢」で断る。もともと友人が多い方ではないが、いまではもう好きな人間としか付き合わなくなっているので人間関係のストレスもない。「mr.ホームズ 名探偵最後の事件」という映画で、イアン・マックラン演じる九十三歳のシャーロック・ホームズは「孤独は知識で穴埋めする」と言っていたが、私の場合は「孤独はひとり遊びで穴埋めする」といえようか、映画も本も音楽も、そして旅も、すべて楽しいひとり遊びである。」
「そしてローカル線の、初めて降りる駅の近くで見つけて食堂で飲むビールのおいしさ。最近、歌人吉井勇のこんな歌を知った。
「年ひとつ加ふることもたのしみとして、しづかなる老に入らまし」
世の中の迷惑にならぬようひとり遊びしながら「しづかなる老」に入りたい。」p.5
「ボナールは、穏やかなものを好んだ。荒々しい大自然や、悲劇の物語、仰々しい大建築はまず描かない。身近な庭や居間、浴室、木や花、あるいは猫や犬を好んで描いた。そのために、文学でいうマイナーポエットにたとえられる。
林芙美子はボナールが好きだった。戦後の長編小説「茶色の眼」は妻と倦怠期にあるサラリーマンの中川氏が同じ会社で働く戦争未亡人相良さんにひかれてゆく物語。原作では、中川氏が相良さんと昼休みにこんな美術の話をする。
「僕が美しいなと思うところでは、ルノワールとか、ボナールなんて人はいいですね」中川氏がボナールの名を挙げると相良さんも応じる。「私も、ボナールって好きですの、いいわ、仄々としてあたたかいマチエール(題材)ですものね。」p.49