手放したくなくなってしまった

  • 小川洋子さんのことをもっと知りたいと思っていた。「細雪」が好きだったから六甲山麓の町に暮らしてみたいと思っていた。それで「ミーナの行進」を読むことにした。芦屋あたりの町を毎日カバと一緒に散歩する小説だった。
    「部屋の壁に、天井に届くほどの本が並んでいる。声高に存在をアピールするでもなく、派手な飾りを見せびらかすでもなく、ただ静かにそこにある。外見はどれも代わり映えのしない四角い箱に過ぎなくとも、彫刻家や陶芸家が生み出す形の美しさと等しいものが、そこから滲み出ている。一ページ一ページに刻まれている言葉の意味は、本当はその箱に収まりきらないほど深遠なのに、そんなことは素振りにも出さず、誰かの手によって開かれるのをじっと待っている。その辛抱強さを、尊いと感じるようになった。」p.76
    古本の棚に並べようと思ったから、最後にもう一度装画を見ていたら、手放したくなくなってしまった。