文学ってこういうものなんだなぁ

倉橋由美子さんのシュンポシオンを読んだ。海辺の松林の中の別邸で過ごす一族の一夏が描かれている。美味しい食事と芳醇なお酒と時々の音楽と。昼間は泳いでそのあとの午睡。それらの合間を進む明さんと聡子さんの物語。ただそれだなのだけれど、そんな一族の中に紛れ込むのを許されて過ごす時間の豊かなこと、文学ってこういうものなんだなぁ。倉橋さんの本には再読する楽しみがあるという。倉橋さんはゆっくり読んで欲しいという、小説は音楽のようなものだと、何も考えずにただ物語の中に浸っていればいいのだという。世界はよく見るとなかなかいいものかもしれないと思わせてくれる本である。

柱廊の深い庇の下に置かれた藤椅子にもたれて、石畳に落ちた木の葉の影が揺れるのを見ながら涼しい風に身を委ねてゐると、別の種類の時間が流れ始めるような気がする。
聡子さんも明さんの感想に同意して言った。
「さうね、例えば地中海をそこに見てゐる時のような・・・」
「さしあたり、ここではあの厚手の、石の表面に似た手触りの紙にギリシャ文字が印刷された本を膝に広げて読むともなしに読む。風の中で時々眠る。さうやって午後の光と影の様子が変わっていくのを追ひながら時を過ごす。気障に言へばそんなことがここではできさうだね」
「一人でギリシャ文字を読むのでしたら私は退散しませうか」
P.172

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