きっと突き抜けて行けるというような

この歳になって、あんな人になりたいこんな人になりたいなんて、もう子供じゃないんだから、でもやっぱりそう思うんだから仕方がない。で、今読んでいるのが、「吉田健一対談集成」というのだが、まづはこの表紙がいい。吉田さんの万年筆のサインとささっと描いたポートレイト、表紙だけ見ても大人だなぁと思う。で、どんなことが話されているかというと、これがまた世に流通している見方とはちょっと違って、落ち着いてものを見るということはこういうことなのかなぁと思う。

松方:僕もそう思うのですね。その意味で世界中でとびきりの街はロンドンと北京、この二つが世界一の街だ。実際この二つはずば抜けていると思う。
吉田:牧野伸顕回顧録を読むと、こういうことがあるのです。初めて行った時は二十歳位の時で、物凄く霧が多くて、何という所かと思った。ところが住めば住むほどいい。終いに、ロンドンというのは袋の中に入った真珠みたいなものだ。外観は何でもないように思うけれども、開けてみると実にいいものがあると言っていますね。p.41

松方:やっぱり社会が安定しているのだね。北京なんか今どうなったか知りませんが、五年や六年間あけて飯店に行くでしょう。そうすると、来たッと言ってワァッと店中の者が台所のコックまで出てきて、お前はどこでどうしていたのだ、今日はお前の好きなものをつくってやる、といって特別に作ってくれる。そういうことは世界中でロンドンと北京だけじゃないかと思う。p.44

中野:どこまでも自分の原理は守っていって素気ない。そういうところが僕はイギリス的な、イギリス文学にそういうものが通じているおるような気がして非常に面白いのだ。
吉田:ゴルスワージというと、「モダン・コメディ」かどこかで僕は読んだが、その主人公は大変いろいろな煩悶があって、それから家へ帰る時に、ロンドンの霧が非常に深い、それでその霧の中をふらふらと道に迷う。やっと家にたどり着いて、確かその男が。人世はこういう風に霧の中をふらふらするようなもので、きっと突き抜けて行けるというような感想を言った、そういうところはあるでしょうね。p120

中野:そう、今イギリスの安定という話が出たけれど、実際イギリスの安定というのは、十九世紀にあったイギリスの安定さから見れば随分危機的なところにあると思うが、そのくせ嵐の中を通り抜けて行くイギリスという船は、いつまでもかなり安定度のある状態で、その嵐の中を抜けていっておるのは面白いと思うのだが。
つまり非常に落ち着いた形で嵐は感じながら嵐の中を行っておるという。結局それは人間に対する非常につよい愛情という言葉で言っていいと思います。

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