大切な人はもっとちゃんと好きにならないといけない

マリア・ジョアン・ピリスの熱心なファンというわけではない、でももう20年近くも前、ピリスの独奏会をテレビ中継で聞いて以来ずっと気になる人だった。そして最近また少しづつピアノの音楽を聴くようになって、ピリスのことを時々考えるようになっていた。来日のことや引退するという噂は聞いていた。でもなんとなく億劫でそのままにしてしまっていた。で、昨日、朝日新聞岡田暁生さんの批評を読んで悔やんだ、何やってんだと思った。なんて安易なことか、安易に人を好きになんかなっちゃいけないと思った。そしてこの評を書いた岡田暁生さんについても。音楽批評はわりあい読む方だけれどこんな風に書く人はいなかった。導き手がいないと聴けないなんて情けないことだ、ただ何事にも導き手がいないと生きていけない方なのだ。ピリスとそしてそのピリスともう一度つないでくれた岡田さんと。大切な人はもっとちゃんと好きにならないといけないと思った。
「ピリスはまるで子供のようにてらいなく弾く。ほとんど「何も考えず弾く」と形容したいくらいである。「ここからあそこへ向けて盛り上げよう」という「先」の計算は一切ない。ひたすら「ここ」だけを無心に楽しむ。高峰を征服すべく計画を立て、あらかじめ念入りに作り込んだりはしない。とりわけモーツァルトは、知り尽くしている森の散歩道を、いま一度気の向くまま逍遥(しょうよう)するといった風。そしてなじみの道で時折、今初めて新しい風景を発見し、立ち止まってほほ笑む。風のような音の軽やかさ、夜空の星のごとき高音のきらめきは比類なし。」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13464777.html?_requesturl=articles%2FDA3S13464777.html&rm=150
https://www.youtube.com/watch?v=v7In59W-9bc