隈さんと仲直りできた気がする

カンブリア宮殿に、隈研吾さんが出ていた

少し誤解していたのかもしない、たくさんの『なるほど』をもらった

著書『負ける建築』を読んでみようと思った、少なくとも表題には賛意を表していたのだから

さまざなな言葉に出会った

『たたかれてもたたかれても、作品で反論するのが僕たちのやり方なのだから』

『コンクリートは人間を傲慢にした素材だった、石とか木とかは、なんとも扱いづらい素材だった、だからこそ人間を謙虚にした』

『石とか木とか、古くなる素材、でもわれわれには、楽しく年をとらせる文化があった』

『僕の事務所では、同じのことを繰り返さないことにしている、毎回新しいことを、大変だけれど退屈しない、それしかない』

『建築とはどんどん伝えていくもの、伝えるということに興味がある』

『この国の国としてのアイデンティティは、どんどんくずれていく、地方のアイデンティティで生きていくしかないと思う』

『ヨーロッパの中心でないところから、依頼が来る。隈ならわかってくれるだろうと』

『僕は全体からではなく、材質、ディテールからイメージする、境界からイメージする、そこが自然と人為が交わるところ、そこから始めないと決して見えてこないことがある、神々は細部に宿る』

最後に村上龍がまとめた

『東京の一極集中がなくならない限り、日本はグローバルになれない』

隈研吾の建築を見るとき、「神は細部に宿る」という有名な言葉をいつも思い出す。全体ではなく、材質・ディテールからイメージされ、自然と人工物の境界線がデザインの対象となる。20世紀はコンクリートの時代だったと隈さんは言う。確かに、「短期的な効率性」という昔の価値観の象徴かも知れない。その価値観は間違っていたわけではない。だが、現代にはフィットしない。コンクリートに代わるものを、わたしたちは常に探し続けなければいけない。』

隈さんと仲直りできた気がする

http://www.youtube.com/watch?v=F7H4k2-KHR0