2018-03-01から1ヶ月間の記事一覧

「ぼうぼうとした風景がつくりたいのだから、ぼーっとしていなければいけない」 でもぼうぼうとした風景ってどんなだろう? 2016年3月8日 今日はあったかだった。現場にいてもひたすらぼっーとしていた。現場というのは往々にしてぴりぴりするものなのだけれ…

素敵な気がすうっと流れただけ

なんだかこれいい、とってもいい。茨木さんがどうもそうかなぁと言って、鷲田さんはそうなんですよねぇと言って。とんでもなくあやふやな話なんだけれど、読んでる僕もそうなんだよなぁと思う。2017年3月8日 茨木さんはいつも鋼のようにまっすぐでぴしゃりと…

ずっと気になっていたノイバラ

野生的であってかつ気品があって、野いばらみたいな植物、あまり見なくなったのが淋しい2012年3月7日 再びのお庭文学、ノイバラと江戸の植木屋清蔵、主役ではないのだけれど、これらにばかりに目が行く。コッツウォルズのオープンガーデンなんて言うのも出て…

学校とはどういう場所なんだろう

これを読んでいて思ったのは、昨今の泰明小学校にまつわる騒動のことで、まさに名門と呼ばれるところであっても、学校である限りは「人の静かな回復を支える場所」であることを最も大切にすべきだと思うのだけれど、あの校長先生にとって学校とはどういう場…

ところでこれ、なんという名前なんだろう?

図面を引くのに、昔はからす口やロットリングやドラフターや平行定規やCAD や。短い一生なのに、ずいぶんめまぐるしく変わったきたけれど、最後に到達するのがこれだったなんて思いもつかなかった。でもこれはこれまでの道具たちとは明らかに質を異にしてい…

この人が一番好きかもしれない

いろんな建築家がいるけど、アァルトも好きだけれど、今日改めて協同村のリート・フェルトの椅子を見てこの人が一番好きかもしれないと思った。自分の「好き」というものは普段はずっと隠れていて突然すがたを現すものなのかもしれない。モダンなのに冷たく…

きっといい風に「場所」は

今日も武蔵五日市。せっかくの日曜日なのにと、それでもぐるぐるぐるぐる回って、あぁでもないこうでもないと、こっちかなあっちかなと。でも「場所」というものは裏切らない。ていねいにていねい、なんどもなんども歩きながら考えていると、きっといい風に…

おうちのひと、お庭のひと

おうちだの、お庭だのと言い続けていた荷風さん。今こそあなたの時代です。 2012年3月4日 お庭文学というのが、あるだろうと、そんなのを探してきては読んでいるのだけれど、持田叙子さんの「荷風へ、ようこそ」は、従来荷風と言えば、散歩のひと、街歩きの…

良い週末を!

さぁ週末だ、Easy Livingだ、みなさん良い週末を! https://www.youtube.com/watch?v=3gNpiO0tTmw

「おそれて」ばかりいる

今朝、これを読んでどきっとした。このところ、ずっと「おそれて」ばかりいる。 2016年3月2か お葬式ではじまり、お葬式でおわる映画、でもちっとも悲しくない。かわいいばぁちゃんと夢見る孫が心を通わせる。人生のはじまりとおわりが自然に穏やかにまある…

静かでぽつんとしたたたずまい

このあいだ久しぶりに武蔵五日市の協同村に行ったら、ぽつんとキャンプしている人たちがいた。キャンプというと、なんだかとてもわいわいと楽しげなものだという思い込みを持っていたのだけれど、この静かでぽつんとしたたたずまいをとても好ましく感じた。…

あるじはやっぱり地面であって

設計監理というのは基本的に自分で手や体を動かすわけではないから、きびきびと働く職人さんたちに負い目のようなものを感じるのだけれど、じゃ、ぼーっと何もしていないかというと、 木々や草や地面や空や虫や鳥のことばかりをじっーと見続けているわけだか…

結構くねくねしているもの

このくねくねとした道は意図したわけではないのだけれど、いろいろな草や木を逃げていくうちにこうなった。もう少し自然にというけれど、自然に目を凝らしているとこうなったわけで、世界というものは結構くねくねしているものだなぁと思った。ちょっとクリ…